デス・オーバチュア
第262話「竜面の盾と竜牙の剣」




口惜しい、悔しい、くやしい。
生涯これ以上ないであろう恥辱、屈辱を受けた皇牙の心を占めているのは、どうしょうもない『くやしさ』だった。
自分を辱めた者達に対する怒りと憎しみは勿論あるが、それ以上に、自らの不甲斐なさに対する憤りの方が強い。
「うう……くぅ……っ……」
皇牙は瞳からこぼれ落ちそうな悔し涙を堪え、口から溢れそうになる恨みや悔やみを噛み殺していた。
ちきしょう、ちくしょうとでも叫びまくった方が少しはすっきりとするかもしれないが、そんなことをすれば惨めさが尚更増すような気がする。
「皇牙ちゃんは……あたしは……あたし達は……宇宙最強……異界竜最後の末裔……」
皇牙は切断された右手を再生もせずに、大地に血を垂らしながら森を一人歩き続けていた。
行く当てなどない、ただ屈辱と恥辱に塗れたこの地から少しでも遠ざかりたい。
「……を倒す宿命を背負って生まれた……ん……うっ!?」
突然、草むらから白く輝く大蛇が飛び出し、皇牙に襲いかかった。



「……な……漆黒の竜……?」
突然割り込んできた漆黒の竜の顔のような巨盾が、アリスからフレアの姿を覆い隠していた。
九つの光槍は竜面の巨盾によって弾かれ、元の一本の槍(九蓮宝燈)に戻って大地に突き刺さっている。
「命をケチりすぎたな、人形の魔女」
人一人を隠せる程に巨大な盾が、普通サイズ……人が片手に持って使うぐらいの大盾へと縮小していった。
「自分の命が惜しかったのか? 獲物を完全に消し飛ばさないように手加減したのか? いずれにしろその武具の真価には程遠い破壊力だ……」
フレアの横に一人の少女が立っている。
メディアを消し去り、ガイやギルと争った、赤と黒の衣装を纏った白髪の女だ。
「……何よ、あなた!? 余計なことし……なっ!?」
「礼ならいらん。助けたわけではないのでな」
噛みつこう(文句を言おう)としたフレアの右胸に、白髪の女の右手が突き刺さる。
「がぁ……へ……蛇……?」
フレアには、白光を放ちながらしなやかな動き(軌道)で襲ってきた右手が、白蛇のように見えた。
不意打ちだったとはいえ、フレアの両手は反射的に防御をしようとはしていたのである。
だが、白光の右手(白蛇)は、フレアの両手をすり抜けるように、間に潜り込むようにして、彼女の右胸に牙を突き立たのだ。
「ふむ……やはり、『二つ』あるな。ならば、一つ取られても問題あるまい?」
「何を……ああ……があああああああっっ!?」
女の右手が乱暴に引き抜かれ、フレアの右胸から鮮血が噴水のように噴き出す。
「ちょっと、それは……!」
アリスが、白髪の女の右手に握られているモノに気づいて声を上げた。
白髪の女の右手には、炎のように赤く発光する光球が握られている。
「なんだ、貴様もこれを狙っていたのか? 悪いがこれは我が頂く」
「つっ、そんなことはさせない! それは私の物よ!」
「いや、この世の魂は全て我が『贄』だ!」
アリスは左手に持った縮退扇を振り下ろそうとするが、それより速く白髪の女が灼熱の光球をゴクンっと一呑みにしてしまった。



「アハハハハハハハハハハハハハハッ! 美味い、美味いぞおおおおおおおおっ!」
「くぅっ……!?」
白髪の女が全身から超高熱の赤き閃光を放ち、アリスの視界を奪う。
「灼熱の恋……我が身を灼く尽くす程の熱く激しく一途な想い……そしてそれ故の憎悪の狂炎……美味い! 実に刺激的な味だっ!」
灼熱の閃光が消えると、女の姿は一変していた。
足のオーバーニーソックスは白から黒へと変色し、腕のロンググラブは黒に変色した上に、銀輪のついた尖端に中指だけを引っかけて甲で三角に伸ばされる形のものになっている。
さらに両腕には、二の腕(肩と肘の間)から手首にかけて緋色の着物の袖のような物を羽織っていた。
緋色のドレスの襟首や両脇の縁、両袖の上下の縁などは紫色をしている。
両足の靴はドレスや袖と同じ緋色だった。
変わったのは衣装だけではない。
腰まで届く波打つ(ウェーブのかかった)白髪は、魔性の色である鮮やかな紫色に染まっていた。
蒼穹の青眼は、右目が燃える太陽のような赤に代わり、左目は赤い逆七芒星の描かれた黒革の眼帯によって隠されている。
「素晴らしい、まさに極上の魂! お陰でこの体も完全に馴染んだぞっ!」
「……体が馴染む……?」
緋色の女の全身から、フレアやフレイアが発していたのと同じ炎のように激しい殺気や闘気……エナジーが溢れ出していた。
「やはり、凡人の魂を百や千と集めるより、強者の魂一つを喰らった方が速い。万の魂にも匹敵する価値ある魂だったぞ」
「その二人の魂は、私が売約済みだったんだけど?」
アリスは緋色の女の足下に視線を向ける。
そこには、フレアがフレイアに切り替わって、大地に倒れ込んでいた。
「売約? 魂の譲渡契約でも交わしていたか? 許せ、世の中早い者勝ちだ」
緋色の女は愉快いそうに笑いながら、ぬけぬけとそんなことを吐(ぬ)かす。
「…………」
アリスが無言で右手の人差し指と中指をクィッと引き寄せると、九蓮宝燈が独りでに大地から引き抜けて、彼女の頭上まで戻ってきた。
「魂を取り戻すために我とやるつもりか? 我は構わぬぞ、溢れるこの力を試してみたいところだからな」
緋色の女は挑発的な笑みを浮かべる。
「…………」
アリスは暫し緋色の女と見つめ合った後、九蓮宝燈を掻き消した。
「やめておくわ、いろいろな意味で無益だもの……」
縮退扇をパチンと閉じると、足下に転がっていた天使人形を拾い上げる。
「ほう、無益ときたか」
「ええ、無益よ。それに……」
「それに?」
「その体に傷をつけるのは気がすすまないわ……」
そう言ってアリスは、なぜか哀れむような眼差しを緋色の女に向けた。
「なるほど、そういうことか……だが……」
緋色の女は大地に突き立ったままの漆黒の竜(大盾)の『首』を右手で掴む。
正確には、首と呼ぶにはあまりにも細すぎる、二本の竜角の間から生えた剣の『柄』のような部分だ。
「私の方は貴様を傷つけて困ることは何もない!」
竜面から角と首……いや、漆黒の剣が引き抜かれる。
引き抜かれると同時に、首(柄)と同じ下方を向いていた二本の竜角が跳ね上がり、剣の柄となった。
漆のように黒き光沢のある両刃直刀の1m程の長剣(ロングソード)。
「つっ!」
緋色の女の戦意を認め、アリスは迷わずその場から跳び離れた。
「逃がさぬっ!」
漆黒の長剣は振り下ろされると、剣身が3m近くまで伸び、中央に脈打つ血のような赤い線が刻まれる。
「目覚めよ、『皇牙』!」
鍔の中心に埋め込まれていた赤い宝珠が光り輝くと、剣を中心に緋色の女の全身が燃え上がった。
熱く明るい自然の炎ではない、赤く暗い光が炎のように燃え盛っているのである。
「邪炎龍(じゃえんりゅう)!!!」
緋色の女が3mの長剣を片手で円月を描くように振り回すと、剣と彼女に宿っていた暗き赤炎が全て前方へと解き放たれた。
放たれた赤炎は巨大な『龍(東方型の竜)』となって天を翔ける
「くぅっ!」
アリスは縮退扇を振り下ろして、フレアの炎の時のように赤炎龍を押し返そうとするが、赤炎龍は何の影響も受けず、そのままアリスを呑み込んで空の彼方で大爆発した。



「ふん……いまいち波長が合わぬな……」
緋色の女は長剣を最初の長さ(約1m)に戻すと、竜面の盾に鞘のように収めた。
「この程度のモノを仕留め損なうようでは素手の方が遙かにマシだ……そうは思わぬか、そこの妖精?」
「さあね、剣の力を引き出せないあなたが悪いんじゃないの?」
彼女と対峙するように、鋼の全身鎧を纏った一人の女騎士が立っている。
女騎士は右手に黒一色の剣を持ち、左手に魔女を抱きかかえていた。
リセット・ラストソード、元神剣ラストエンジェルの一欠片にして、アリスの金行(白)の五色人形、金の妖精姫にして妖精姫を束ねる妖精女王である。
「まったく、こんな夜更けに『緊急召集』とは……人形遣いの荒い奴じゃ……ふわぁ〜」
水色の美女が緋色の女の背後で、眠り足りなさそうに欠伸をしていた。
アリスがもっとも愛用する水行(黒)の五色人形、水妖の女帝と呼ばれる水の妖精姫である。
「悪かったわね……緊急事態だったのよ……」
リセットに抱きかかえられている人形使い(アリス)の方が人形のようだった。
「ふん、で、こやつを始末すればよいのか?」
セシアは両手に絡まっていたストールを白金の長槍へと転じさせると、緋色の女へと突きつける。
「いや、別に撤退するだけでもいいんだけど?」
やる気になったセシアに、アリスはあっさりと水をさした。
「なんじゃと!? まさか、お主、『緊急回避』のためだけに妾達を喚んだのかっ!?」
「そうよ」
「戯け! だったらリセットだけで事足りようになぜ妾まで叩き起こした!?」
「通常召喚じゃ間に合わないでしょう! 相手の攻撃が直撃する寸前だったんだから!」
怒鳴るセシアに、アリスもまた怒鳴り返す。
「まあまあ、さっさと帰って休めるならそれにこしたことは……」
いきなりリセットの姿が消え、轟音が響いた。
「ほう、なかなか速いな……」
「……ば、馬鹿、私を置いてから攻撃しなさい!」
いつの間にか緋色の女の左手に竜面の盾が装備され、死角から斬りつけてきたリセットの黒一色の剣を受け止めている。
「……ないんだけど、何もしないで帰るのは流石にあれでしょう?」
リセットは再び消えると、最初に立っていた場所に出現し、アリスを地面に下ろした。
「だから、少しばかり運動させてもらうわ!」
宣言と同時にリセットが消え、緋色の女の構える竜面の盾に凄まじい衝撃が走る。
「ふむ、速いだけでなく重いな」
次いで、緋色の女を中心に、轟音、爆音が響き、衝撃波と爆風が荒れ狂った。
リセットが視認できない速さで何度も斬りかかり、それを緋色の女が全て竜面の盾で受け止めているのである。
「ふふふっ、盾としては申し分なく最強だな。呪いで真価を封じられた神剣如きを相手に使うのは勿体ないほどだ……」
超音速の斬撃によってどれだけの衝撃を受けようと、竜面の盾は擦り傷一つ付かず、緋色の女もその場から微動だにもしなかった。
「……神剣で切れない盾とは恐れ入るわね……」
衝撃と爆風が治まると、リセットの姿が浮かび上がる。
「確かに今のラストエンジェルは神剣としての能力(力)を抑えられてはいるけど、剣としての破壊力と切れ味までは失ったわけじゃない」
神柱石というこの世でもっとも硬質な物質で作られた『剣』であることには変わりないのだ。
同じ神柱石でもない限り、こんな容易く受け止められるはずがない。
「ええい、本気でやる気がないならどけ、リセット! 妾が殺るっ!」
苛立ちげにセシアが口を挟んだ。
「本気ではない……?」
「せっかちね……もうちょっとだけ運動させてよ」
リセットはその場で軽いステップを踏み始める。
「ふん、後少しだけじゃぞ……」
セシアは不承不承といった感じで引き下がった。
「はいはい、後一回ダッシュしたら交代するわよ……もっとも……」
妖精女王の胸甲の中心に埋め込まれた七つの宝石が輝きだす。
「この一撃で終わらなければだけどね!」
「……!?」
リセットの姿が緋色の女の向こう側に駆け抜けており、遅れて凄まじい爆音がしたかと思うと、竜面の盾を装備した左手が宙を舞っていた。













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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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